50代MR 自分の立ち位置を考える

退職まであと数年。この数年をどう生きるかがその後の人生を大きく左右する

部長、役職定年後は平社員に!

 

私も降格になったひとりです。

当時の上司から降格の話があったときはとても落ち込みました。

今では会社都合の左遷や降格もよくあることです。

今考えれば、落ち込む必要もなく、会社での役職は単なる役割。

「役職の高い人=立派な人」という図式は、成り立たたないことが多いのも事実です。

私の会社でも、部長がいきなり平社員に降格するというケースがありました。

威張る部長、そして部長に群がる部下。

ほんといろんな人間模様があります。

いずれ退職するときが来ます。

会社の付き合いが終わっても、果たして連絡してくれる人はいるのでしょうか?

 

3月までの部長、4月から平写真

私の会社は55歳になれば、役職定年となります。

3月まで部長だった方が、4月より部長の任を解かれ平社員となりました。

見るからに、元気がなく、いっきに老けた気がします。

振り返ってみると、彼は出世し、部長職になったころは、自信にあふれ、周りの人が「部長、部長!」と寄ってきます。

部長は部長で、自分の一言で、多くの人間が動くのを知ってか、「俺はこの会社を動かしているんだ」と思うことも不思議ではありません。

後で知りましたが、「部長を囲む会」というグループが立ち上がり、コロナ過での中でも、毎月、1回程度、少人数の食事会をしていたようです。

部長も部長ですが、そこに参加する部下も部下だなって思いました。

部長は人事権があるため、部下は部下で、「自分の評価を上げたい」「いずれ出世したい」、そんな本音が複雑に絡み、行きたくない気持ちを抑え、その会に参加した部下が数名いました。

あとで参加メンバーを知った時、「あいつだったら参加するな」って思う人もいました。

ほんと情けない奴らです。

世渡り上手というか、ずる賢いというか、ゴマをすってどんどん出世していくやつがいると思ったら寂しくもなります。

真面目に努力している人が出世せず、ゴマをすっている人間が出世する。

いつの時代でもあり得る光景ですが、自分にはできません。

はたから見ると、その権力に吸い寄せられて、寄ってくるコバエにも見えます。

 

部長の元部下が、今度は上司

部長の任を解かれ、4月から降格となったわけですが、当然、「部長を囲む会」は、内示があったころから消滅しました。

今までその会に参加していた部下も、メリットがなくなったためか、寄り付かないようになりました。

なんていうか、せめて送別会でもしてやれよって思います。

ほんと情けないコバエ達。

元部長は、今の仕事は、他部門の内勤になり、席も端に追いやられ、ほとんど仕事もありません。

今までの笑顔は消え、就業時間前に来て、業務終了後、すぐに帰宅します。

悲しいことに、声をかける人はほとんどいなくなりました。

悲しい現実です。

さらに、元部下だった人間が、4月から上司になりました。

元部長が上司だったこともありで、お互いに気まずいでしょう。

元部長から冷遇された同僚からは「ざまあみろと」との憎しみのコメントがあったり、会社ではいろんな人間模様があり、いろんな物語があります。

 

 

一人の人間として

管理職から降格し、平社員になった人でも、今でも慕われている人がいます。

その差は何か考えてみました。

特に管理職の等級が上になればなるほど、業績UPが求められます。

私の尊敬する元上司は、計画未達成の部下なら低評価を付けてましたし、中には部下の希望に沿う異動でない場合、降格する場合もありました。

上司は辛い決断もしないといけません。

それが管理職の役目です。

その元上司の周りにはいつも多くの人が集まっていました。

仕事面ではとても厳しく、計画達成のためよく詰めさせられました(笑)

もちろん𠮟られ、へこむことも数多くありましたが、その言葉、一言一言に愛情を感じました。

叱った後は、特にフォローを怠らず、私の成長のためにいろいろとアドバイスもいただきました。

特に感心したのが、私のプライベートのこともよく覚えていて、私の地元で地震が会った時、地元に住む私の両親を気遣い、「実家は問題ないか、ご両親は大丈夫か」と声をかけてくれることもありました。

また、私の同僚(当時、新婚)が、新潟に異動になった時、その元部長は、新潟にいる元部下に、「●●が新潟に行くので、何人か集めて食事会してやってほしいんだ。奥さんは知り合いがいないし、心細いと思うから」と、こっそりお願いしていました。

あとから、その話を聞いて、その同僚は感動したと言ってました。

なんという心遣い。

そんな上司であればみんな好きになります。

 

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「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

このケースのように、人って偉くなると、ついつい横柄になってしまいます。

社会的な地位や高い役職があれば、偉い人と勘違いしてしまうことはよくあることです。

それって、単に会社の役割だけで、会社を外れれば単に一人の人間です。

 

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がありますが、よく聞く言葉ですよね。

大辞泉では、「学徳が深まると、かえって他人に対し謙虚になることのたとえ」という意味だそうです。

元部長は、この言葉の意味を見失っていたのかもしれません。

私自身、偉くもなく、何の取柄もあい普通の中年サラリーマンですが、ただ、一人の人間として、謙虚でありたいと思います。